日本のAGTが変える空港APM(香港空港)
- agtinstitute21
- 7 日前
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更新日:6 日前

AGT研究所の増川です。
AGTブログへ、ようこそ。
今回取り上げる話題は
日本のAGTが変える空港APM (香港空港)
です。
通常なら10年はかかる空港建設を、 たったの5年で成し遂げた香港国際空港。
その背景には、日本のメーカーが果たし
た重要な役割がありました。
1998年、香港の九龍湾にあった啓徳
空港に代わり、新しい香港国際空港が
埋め立て地に開業しました。

この空港の建設は、香港返還が目前に
迫った1992年に決定され、
1997年7月の返還日を目指して
全ての設備は「信頼性」と「納期厳守」
が最優先されました。
そこで、空港内のメインターミナルと
サテライトを結ぶAPM(Airport People
Mover)の供給には、当時、フィリピン
マニラMRT3号線の建設プロジェクトを
予定通り進めていた三菱重工が選ばれた
のです。
三菱重工にとって、このプロジェクトは
容易なものではありませんでした。
当時、日本国内で使用されていたAGT
より二回りも大きい車体を二つ繋ぎ、
一度に200名以上の乗客を運ぶという
課題に直面したのでした。
しかし、これを克服したことが、後の
海外市場への進出を大きく後押ししまし
た。

開業後も香港国際空港のAPMは増車や
延伸が進み、第三滑走路や新ターミナル
の建設に伴い、IHIやボンバルディアも
車両供給に加わりました。

香港向けAPM供給を皮切りに、三菱重工
は、シンガポール・チャンギ空港、
韓国・仁川空港、更にはドバイ国際空港
など世界のハブ空港へと供給先を広げて
いきました。
次回のブログもお楽しみに!
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